通信手段の発展とともに進化し続けた出会いの歴史
欲望の発露と規制、さらなる欲望の発見の繰り返しと言っても過言ではない。
そもそも、出会い系サイトという言葉は、インターネットの普及に伴って登場した。
勿論、それ以前から出会いの目的のメディアが全く無かったわけでわない。
メディアが電子化される以前は、人々の「出会いたい」という欲望の架け橋は、雑誌の文通欄が担っていた。
本来の同好の士や文通相手探しの場だが、なかには恋愛や結婚相手を求めて投稿する人もいた。
文通相手が外国在住の場合は、ペンパルと呼ばれていた。
文通の後に出会いを探し求める人達が多く利用したのが、テレホンクラブだった。
現在でもテレクラがあると思うが、テレクラの仕組みは男性客が個室で待機し、
見知らぬ女性から掛かってくる電話を待つという至ってシンプルなシステムだった。
客が競って受話器を取る。「早取り」は、まさに男の出会いの願望を具現化したものだったのだろう。
しかしテレクラは、個室での待機システムやあからさまな出会い目的が逆に足枷になったのか、
一定のユーザーを獲得したものの爆発的な広がりには至らなかった。
テレクラの次に誕生したのがダイヤルQ2などの新サービスの台頭と普及である。
自宅の電話からも利用が可能だったので自宅テレクラとも呼ばれた。
時間や場所の制約がなくなり、繋がりたい時に繋がるメディアとしてテレクラ以上に多くのユーザーを獲得した。
このような多くのユーザーを獲得した背景には歳と地方の格差を撤廃したのも成功の大きな要因ではないだろうか。
しかし、多くのユーザーを獲得したものの悪徳な業者が高額請求をするようになり、ダイヤルQ2も次第に減っていくのだった。
減っていく要因となったのが、ポケベルだった。
アラーム機能だけではなく、メッセージを打ち込めるようになると、中高生を中心に利用者が急増した。
ポケベルでやり取りする友達を「ベル友」と呼んでいた。
次第に携帯電話やPHSが増え始めPHSや携帯電話でメールのやり取りが出来るようになり
更にはインターネットが普及し、ベル友は現在では跡形も無くなっている。
携帯電話の普及は急速で、当時一家に一台だった電話が今日では、一人一台となっていった。
文通から始まりテレクラ⇒ダイヤルQ2⇒ベル友⇒PHS・携帯電話・インターネットと出会いの場はどんどん進化していったのだ。